東京高等裁判所 平成2年(行ケ)156号 判決 1992年7月28日
原告
ハワード・エーフロムソン
被告
特許庁長官 麻生渡
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を九〇日と定める。
事実
第一当事者が求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六三年審判第四一〇八号事件について平成二年二月八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文一、二項と同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「印刷プレートおよび製法」とする発明について、昭和五四年二月二一日、特許出願したところ、同六二年一一月一九日、拒絶査定を受けたので、同六三年三月一五日審判の請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第四一〇八号事件として審理した結果、平成二年二月八日、右請求は成り立たない、とする審決をした。
二 特許請求の範囲(1)項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨
「非溶融の平板状結晶性アルミナを含有する水性スラリーによって砂目立てされたアルミニウム基板と、該基板の表面上に設けられた感光層とを有してなる印刷プレート」
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 引用例一(特開昭四八-三三九一一号公報)には、アルミニウム等の金属板を、アルミナ粉等の研磨剤を水に分散したスラリーによって砂目立てした印刷用基板が、引用例二(米国特許第三一二一六二三号明細書)には、研磨剤として非溶融の平板状結晶性アルミナを用い、金属板等を研磨することが、それぞれ記載されている。
3 本願発明と引用例一とを対比すると、一般に印刷用基板は、基板上に感光層を形成して印刷プレートとするものであるから、両者は研磨剤を水に分散したスラリーによって砂目立てしたアルミニウム基板と、該基板上に感光層を有する印刷プレートである点で実質的に一致しており、用いる研磨剤が、本願発明においては非溶融の平板状結晶性アルミナであるのに対し、引用例一は単にアルミナ粉としている点で相違している(以下「相違点」という。)。
4 相違点について判断すると、引用例二には、金属板等を研磨するための研磨剤として、非溶融の平板状結晶性アルミナを用いることが記載されていることからすると、引用例一の発明においてアルミニウム金属板の研磨剤として、非溶融の平板状結晶性アルミナを用いること、印刷プレートの砂目として充分な程度まで、非溶融の平板状結晶性アルミナを含有するスラリーで金属面を研磨し、砂目立てする程度のことは、当業者が適宜なし得たものと認められる。
また、これによって得られた効果も、格別顕著なものとは認められない。
5 よって、本願発明は、引用例一及び二記載の技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法二十九条二項により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1ないし3については認める。同4のうち、引用例二については認めるが、その余は争う。同5は争う。審決は、相違点及び本願発明の作用効果についての判断を誤り、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
1 相違点の判断の誤り(取消事由(1))
審決は、相違点については、引用例二の記載に基づき当業者が容易に想到することが可能であるとするが、右判断は誤っている。すなわち、引用発明二に基づいて、相違点に係る構成の想到容易性について判断するに際しては、本願発明と引用発明二との技術分野の同一性が必要であるところ、以下に述べるように、砂目立て加工技術を用いる本願発明はラップ加工技術を用いる引用発明二と、産業上の利用分野、技術課題、発明の構成及び効果等を異にするものであるから、両発明は技術分野を異にするものであって、両発明間には技術的親近性がない。その上、砂目立て用研磨剤とラップ用研磨剤(砥粒)とは、その要求される形状、大きさ等を異にする全く別異の研磨剤であるから、ラップ用研磨剤として非溶融の平板状アルミナを使用する引用発明二が相違点について示唆を与えるものではない。
(一) 両者は以下に述べるように、技術分野を異にする。まず、産業上の利用分野をみると、審決も認定するように、本願発明の属する技術分野は、印刷プレート用アルミニウム基板の砂目立て加工の技術分野である。これに対し、引用発明二の技術分野は、金属等の表面をできる限り平滑に研磨する金属板等の精密ラップ加工に関する技術分野に属するものであるから、両発明の産業上の利用分野が異なることは明らかである。
そして、技術分野の同一性を判断する上で重要な判断材料である技術課題の異同についてみると、本願発明においては、印刷プレート用アルミニウム基板の表面に微細な凹凸を形成させる砂目立て加工を行うことである。これに対し、引用例二は、金属等の表面をできるだけ平滑に研磨することを技術課題とするものであるから、両者は、明らかに技術課題を異にするものである。
また、両発明の前記の各技術課題を解決するために採用する構成についてみると、本願発明の砂目立て加工は、研磨材を被処理物の表面に押しつけることなく、被処理物の表面に平行に移動させることによって、その表面を粗面化するものである。これに対し、引用発明二のラップ加工では、研摩剤を被処理物の表面に垂直な力で押しつけながらその表面を平滑化するものであるから、両者は加工原理ひいては発明の構成を異にするものである。
さらに、両者はその目指す効果を異にするものである。本願発明は、研摩剤として非溶融の平板状結晶性アルミナを使用して砂目立てを行うことにより、アルミニウム基板の表面を傷のない均一で、かつ、耐摩耗性、長寿命性を有する良好な砂目立て加工を実現したものである。これに対し、引用発明二は、ラップ仕上げに際してストック除去に優れ、仕上がり表面が優れ、ラップ粉の可使用期間が長く、ワイルドな引っ掻き傷がない等の効果を奏することを目的とするものであるから、両発明の目指す効果が異なることは明らかである。
両発明が技術分野を異にすることは、特許分類の面からみても明らかである。まず、国際特許分類においては、「研削、研磨」が「B二四」であるのに対し、印刷プレートの砂目立て加工は印刷の分類である「B四一N三/〇四」に分類されている。日本特許分類においても、前者は「七四K五」であるのに対し、後者は「一一六A四三」と区別されているのである。このように、両者は、国際特許分類においては、サブセクションクラスを異にする技術分野に分類されており、また、日本特許分類においては、技術分野の最上位概念である「類」を異にする技術分野に属するものとされているのである。
(二) 本願発明は、従来のアルミナを研磨剤とするブラシ法によっては、傷のない良好な砂目立て加工が実現できないことから、研磨剤としてアルミナを使用することを止め、砂目立て加工とは全く目的、作用効果を異にするラップ加工用の研磨剤である非溶融の平板状結晶性アルミナを使用するという新規な砂目立て加工法を見出したものである。
ところで、従来、ラップ用研磨剤の要件としては、本願発明のような水性スラリーを使用する湿式ラッピングにおいては球状であることが要求されていた(乙第一号証)ことからすると、引用例二の平板状のラップ用研磨剤を砂目立てに使用することを想到することは困難である。
また、非溶融アルミナは、従来、専ら、光沢のある平滑面を実現するための研磨剤として溶融アルミナよりも優れているとして使用されていたものに過ぎないのであるから、この点からも、非溶融の平板状結晶性アルミナを砂目立て用研磨剤として採用することを想到することはできない。
(三) 被告は、砂目立て加工もラップ加工も、基本的には加工体表面に微細な研磨剤あるいはラップ用砥粒を適用し、表面を研磨するという点において、技術分野が相違するとはいえないと主張する。しかし、両者が技術分野を異にすることは前述したとおりであり、被告主張のように、加工体表面を研磨する技術なる上位の技術分野を観念して、両者の技術分野が同一であるとするのは失当である。
また、被告は、ラップ用砥粒を砂目立て用砥粒として用いることも可能であると主張するが、この点も失当である。すなわち、ラップ用研磨剤と砂目立て用研磨剤には、多くの共通点があることは事実であるが、両者の条件が全て一致するものではなく、ラップ用研磨剤が全て砂目立て用研磨剤として使用されるものではない。特に、ラップ用研磨剤及び砂目立て用研磨剤においては、その形状が極めて重要な要件であり、同じ材料であってもその形状が異なれば、ラップ用研磨剤として使用されても、砂目立て用研磨剤として使用できないのである。そうすると、平板形状のものがラップ用研磨剤として使用されることが分かっても、形状が重要な条件である砂目立て用研磨剤にあっては、その平板形状のラップ用研磨剤が砂目立て用研磨剤としても使用できるとの特段の示唆がない限り、これを砂目立て用研磨剤として使用できることは容易に予測することはできないものというべきである。
被告は、乙第4号証を援用して、同号証記載の噴射流方式も本願発明のブラシ砂目立てに対応する摺動刷目式も、共にブラッシング法という同一の研磨方式に分類されるものであるから、両者は技術的に親近性があり、同号証記載のラップ用研磨剤は噴射流方式を含む一般のブラシ砂目立て加工の研磨剤に使用されると主張し、また、噴射流方式も良く知られた砂目立て加工法であると主張して乙第七号証を援用する。
しかし、乙第四号証記載の発明は従来のサンドブラスト法やブラシ法による砂目立て加工法には問題があるとし、これらの方法に代わるものとして噴射流方式を採用し砂目立て加工を行うものであるから、そこにおいては、ブラシ法による砂目立て加工と噴射流方式による砂目立て加工法とは、その構成及び効果を異にする別異の加工法として区別しているのである。したがって、同号証の記載は、噴射流式に限定して理解すべきものであって、これをブラシ法を含む砂目立て法一般に拡大解釈する被告の前記主張は誤っている。
また、乙第七号証の第2表には、ブラッシング法の中に、ブラシ法及び噴射流方式にそれぞれ対応する摺動刷毛式及び液体ホーニング式が分類されている。しかしながら、右乙号証よりも一一年も後の出願である引用例一には、「現在一般に行われている砂目立て方法には、ボール研磨と呼ばれる方法、…液体ホーニングエアブラスト等の吹付け研磨、及びブラシ研磨等が挙げられる。」(甲第五号証一頁二欄九行ないし一四行)との記載があり、液体ホーニング式とブラシ式とは別異の砂目立て加工方法として区別して記載されている。更に乙第七号証にも「機械的研磨としては①玉研研磨法、②ホーニング法、③ブラッシング法などがあり、…また、ホーニング法はブラッシング法の一種ともいえる。」(六六頁二八行ないし末行)と記載されており、これらの記載によれば、ホーニング法とブラッシング法とは本来別異の砂目立て加工法と解すべきであり、さらに、ホーニング法をブラッシング法の中に分類する乙第七号証の第2表の分類方法は、一般に承認されているものではないし、周知でもない。
したがって、乙第四号証の記載内容の解釈に同第七号証の第2表の分類内容を参酌することは、合理的な根拠を欠くものである。
しかも、乙第四号証においては、ブラシ法及び噴射流方式のレベルでの砂目立て加工の異同が問題となっているのであり、それよりも上位概念であるブラッシング法のレベルにおける砂目立て加工が問題となっているものではない。したがって、乙第四号証の噴射流方式における研磨剤に関する記載事項がブラシ法を含む他の砂目立て加工法の研磨剤に関しても妥当するものではない。また、印刷プレート用アルミニウム基板の砂目立て加工法において、主流となる加工法はブラシ式であり、噴射流方式ではないから、後者の砂目立て加工用研磨剤に関する記載内容が、ブラシ式を含む他の砂目立て加工法の研磨剤に関しても妥当するものではない。
以上のとおりであるから、乙第四号証、同第七号証によっては、ラップ加工用の研磨剤は印刷プレート用アルミニウム基板の砂目立て加工研磨剤としても一般に使用されることが、本願発明の出願前に当該技術分野において周知の事項であったとみることはできない。
(四) 以上のように、本願発明と引用発明二は、産業上の利用分野、技術課題、構成及び効果を異にし、かつ、ラップ加工に使用される非溶融の平板状結晶性アルミナは平板状であるのに対し、砂目立て加工に使用されるアルミナ粉は一般に丸型であることを要件としているから、両者はその形状、作用効果を異にする別異の研磨剤であり、引用例二には非溶融の平板状結晶性アルミナが金属板等の表面の砂目立て加工に適するとの示唆もないから、相違点が引用例二から容易に想到可能であるとする審決の認定判断は誤っている。
2 本願発明の作用効果の看過(取消事由(2))
本願発明は、研磨剤として非溶融の平板状結晶性アルミナを使用して砂目立て加工をすることにより、従来のアルミナを使用した砂目立て加工に比して、アルミニウム基板の表面に傷のない良好な砂目立て加工がされ、かつ、特に優れた耐磨耗性及び長いプレス寿命を有する印刷プレートを実現するという格別優れた効果を奏するものである。
そして、かかる作用効果については、引用例一、二のいずれにも、これを示唆する記載はみられないのである。したがって、審決の判断は誤っている。
第三請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因に対する認否
請求の原因一ないし三認めるが、同四は争う。
二 反論
1 取消事由(1)について
(一) 原告は砂目立て加工とラップ加工とは、技術分野を異にするから、引用例二から相違点に関する構成の示唆を受けることはできないとし、この点を想到容易とした審決の認定判断は誤りであるとする。
審決は、本願発明と引用発明一とは、砂目立て加工に用いる研磨剤として、前者においては非溶融の平板状結晶性アルミナと特定しているのに対し、後者においては、種々のアルミナのほか他の研磨剤も使用されるとすることから、この点を相違点とした上で、引用例二には、研磨剤として非溶融の平板状結晶性アルミナを用いて金属板等を研磨することが記載されているのであるから、かかる公知の事実を考慮することにより、引用例一において示された不特定の種々のアルミナの中から特定の非溶融の平板状結晶性アルミナを選択使用することは容易であるとしたものである。
したがって、この相違点について判断するに当たって、まず考慮すべきことは、研磨剤の分野あるいは研磨剤を適用して表面を研磨するという技術分野であるところ、引用発明一、二は共に研磨剤の分野に属するものである上、次項において述べるように、砂目立て加工とラップ加工においては、研磨剤が共通するものであるから、右両発明が技術分野において同一性があることは明らかである。
(二) 両者の技術分野に同一性ないし親近性があることは、ラップ用砥粒あるいは砂目立て用研磨剤として、同一の材料が用いられていることからも明らかである(乙第一号証、四九七頁、同第三号証、八三頁参照)。特に、本願発明の非溶融の平板状結晶性アルミナは、アランダムすなわち、アルミナの一種であるが、スランダムはラップ用砥粒として(乙第一号証)も、また、砂目立て用研磨剤として(乙第三号証)も用いることができるのである。
さらに、砂目立て加工に際し、砂目立て用研磨剤として、砂目立て用研磨剤あるいはラップ用砥粒のいずれかを用いる点は、本願出願前の五年以上前の文献である乙第四号証に「砂目立て剤としては、例えば鉄粉、コランダム、酸化アルミニウムおよびその他の研磨およびラップ技術で公知の研磨剤及びラップ剤がこれに該当する。」と記載されているところから明らかである。
原告は、乙第四号証をもって、砂目立て加工とラップ加工の技術分野の同一性を基礎付けることはできないと主張するが、同号証が噴射流式砂目立てについて述べたものであるとしても、両技術分野に親近性があることを示しているものであることに変わりはない。
なお、噴射流式砂目立て方法についてみると、砂目立て方法として、液体ホーニング式(噴射流式砂目立て)、摺動刷毛式(ブラシ砂目立て)はどちらも良く知られた一般的な加工方法であり、両者はブラッシング法という同一の研磨方式に分類されるものである。
(三) 以上のように、本願発明と引用発明二との技術分野の同一性は、相違点の判断において問題とならないが、原告は、相違点の判断に当たっては、本願発明と引用発明二との技術分野の同一性が必要であるところ、両者は技術分野を異にすると主張するので、以下この点について反論する。
まず、両発明の技術内容についてみると、ラップ加工は、加工物の表面をラップに押しつけ両者の間にラップ用砥粒とラップ液からなるラップ用研磨剤を加えて、両者を相対運動させ、ラップ用研磨剤によって加工物の表面から僅かな切屑や、破片を取り去り、滑らかな仕上げ面を得る加工技術である(乙第一号証、四九三頁三行ないし六行)。右加工における、ラップ用砥粒の作用は、ラップ用砥粒が滑り運動を行うときは、バイトのように切削して表面に引っ掻き傷を与え、また、転がるときは、不規則な多角形状の粒子を各切刃で不規則な凹み傷を加工面に残しながら平滑化するものであり、加工面に極めて小さい凹凸を形成して表面を平滑化するものである。
これに対し、砂目立て加工は、平版印刷板として必要な保水性を確保したり、感光剤を均一に塗布して良好に保持させるために、アルミニウム等の金属版表面に微細な凹凸を形成するもので(乙第二号証、六五頁一二行ないし三一行)、ボール研磨、液体ホーニング、ブラシ研磨等の方法が用いられる(甲第五号証、一頁右欄九行ないし二頁左上欄六行)が、いずれの方法も金属板表面に研磨剤を作用させて研磨し、板面を砂目立てするものであり、砂目立ての程度は、研磨剤の種類、量、研磨剤の粒径、研磨時間等によって変化する(乙第三号証、八四頁一三行ないし一五行)。
以上のように、ラップ加工は表面を平滑化するのに対し、砂目立て加工は表面を粗面化する技術であるが、両者は、基本的には被加工体表面に、微細なラップ用砥粒あるいは研磨剤を適用して、表面を削り、研磨するという点において、技術分野が相違するとはいえない。
(四) このことは、特許分類からみても、明らかである。
すなわち、砂目立て用研磨剤、ラップ用研磨剤は、本願出願当時に採用されていた日本分類においては、いずれも研削、研磨の技術が分類される七四K(研削)に分類されているものである。また、国際分類においては、ラップ加工は、研削又は研磨するための機械、装置若しくは方法が分類されるB二四Bに分類され、砂目立て加工は印刷版等が分類されるB四一Nに分類されるが、右B二四Bのメイングループ三七/〇〇にラッピングも分類されるから、砂目立ての発明である本願発明とラッピングとがどちらも同じサブクラスに分類されるのであり、原告の特許分類からみても親近性がないとの主張は失当である。
2 取消事由(2)について
原告は、審決は、本願発明の優れた耐摩耗性と長寿命性を看過したと主張するが、以下に述べるとおり、失当である。
(一) 耐摩耗性について
本願発明の詳細な説明の欄によれば、耐摩耗性を示す効果を実施例1~7、比較例1~3として記載しているが、これらの効果はいずれも砂目立てを回転ブラシで行った場合のものである。
これに対し、本願発明は、砂目立ての加工をブラシ研磨で行う点を構成要件とするものではないので、右記載の効果をもって、本願発明の構成に基づく特有の効果であるとはいえない。
(二) 印刷寿命について
本願発明の詳細な説明の欄には、印刷寿命について、「本発明は…優れた耐摩耗性および長い印刷寿命を有する陽極酸化アルミニウム基板に関する。」(甲第二号証、三頁一三行ないし四頁二行)、「砂目立ての効果を最終的に評価する基準は、印刷の質及び印刷プレートの有効寿命である。」(同号証、九頁三、四行)と記載されているのみで、従来技術との比較においてその効果が定量的に記載されていない。したがって、印刷寿命が長いという効果は、本願明細書に何ら裏付けられていない効果であって、失当である。
第四証拠
証拠関係は、証書目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがなく、審決の理由の要点のうち、各引用例の記載内容並びに本願発明と引用例一との一致点の判断については原告も争わないところであるから、本件の争点は、相違点及び本願発明の作用効果についての審決の判断の適否である。
二 本願発明の概要
本件の判断に必要な限度で本願発明の概要をみるに、いずれも成立に争いのない甲第二号証(特許願添付の本願明細書)、同第三号証(昭和六二年一月二〇日付け手続補正書)及び同第四号証(昭和六三年三月一五日付け手続補正書、以下、これらを一括して「本願明細書」という。)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、
本願発明は、アルミニウム基板シートに感光性物質の被覆を有する平版用印刷プレートに係るものである。平版用印刷プレートの基板である金属プレートを感光性材料で被覆する場合には、表面を接着性、親水性、かつ耐摩耗性とするのが望ましいところ、このような表面を得るためには、まず、アルミニウムの表面を研磨又は砂目立てして表面積を増し、次いでアルミニウム基板の表面を陽極酸化し、最後に珪酸塩処理をするのが最善とされているところ、本願発明は、感光性物質の被覆を有する平版用印刷プレートのアルミニウム基板の表面を砂目立てして、前記のような望ましい特性を備えた印刷プレートを提供することにある。
従来技術においては、ブラシ砂目立てを行うに際して、軽石粉又は石英粉を水性スラリーに導入して行われていたが、このような通常の研磨剤は、形状がずんぐりしているか、または角張っているか、またはこれら両方の形状を備えているため、印刷プレート基板表面を不規則かつ不均一にガウジングするか、疎面化する切削エッジを呈するという問題点を有していた。
本願発明は、平板状の粒子形状を有する非溶融結晶性アルミナの水性スラリーで砂目立てをすることにより、金属又はプラスチック表面などの平滑表面を疎面化するもので、これにより、従来技術を用いて砂目立てされたアルミニウム基板に比べて、耐摩耗性の著しい向上を図ろうとするものである。
本願発明における砂目立てに用いられる粒状アルミナは、平板状又は錠剤状粒子形状を有する非溶融無水結晶アルミナであり、通常、平坦寸法が厚さより三~五倍大きく、水和アルミナから得られる。
次に、引用発明二の概要についてみると、成立に争いのない甲第六号証(米国特許明細書第三一二一六二三号明細書)によれば、右発明は、硝子、金属、プラスチック等の精密ラップ加工に好適なラップ用研磨剤の製法に関するものであり、従来、一般に使用されている溶融酸化アルミニウムが、鋭いエッジを有する不揃いの形状の小さな粒子であるため、ラップ仕上げすべき表面に深い引っ掻き傷を残すという欠点を有した(訳文二頁二行ないし一四行、三頁一〇行ないし一五行)のに対し、未溶融酸化アルミナの結晶は、大部分が均一な円板もしくは平板状配置をなす特徴を有することから、平板状アルミナ結晶が、材料と平行な表面によりラップとラップ仕上げすべき材料との間にそれ自体配向する傾向を有する結果、右結晶は精密ラップ仕上げ作業用に特に好適であり、深いワイルドな引っ掻き傷が発生する事故は最小限に抑制することが可能となること、ひいてはいかなるラップ仕上げにおいても優れた表面形成が可能となること(同五頁一行ないし六頁一〇行)が認められ、他にこれを左右する証拠はない。
三 審決の取消事由について
1 取消事由(1)について
審決は、相違点に関し、引用例二において研磨剤として非溶融の平板状結晶性アルミナが用いられていることからすると、これを本願発明の砂目立て用研磨剤として用いることは当業者が適宜なし得たことであると認定判断するのに対し、原告は両発明は技術分野が異なるので、右判断は誤りであると主張する。
ところで、一口に本願発明と公知発明の技術分野の異同といっても、観点によって、同じとみられ、あるいは異なるとみられることがあり得るのであるから、本願発明において進歩性が問われている構成を中心に両者の技術の異同を対比してその異同を検討した上、公知発明に示された技術を出願発明に転用することを容易に着想し得るか否かを判断すべきである。これを本件についてみれば、本願発明の進歩性が問われているのは、直接には、引用発明二のラッピング用砥粒を砂目立て用研磨剤に転用した点であるが、右研磨剤の対比とともに、その前提として、砂目立て技術とラップ技術の対比検討が必要であり、これらの点において技術的親近性が認められるならば、前記のラッピング用砥粒の転用の着想に困難性はなく、結局、本願発明は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」が引用発明二に基づいて容易に発明することができたものとして、その進歩性が否定されることになるのである。以下、かかる観点から検討する。
(一) まず、平版印刷における砂目立てについてみると、成立に争いのない乙第五号証(昭和四九年九月一〇日大蔵省印刷局発行、日本印刷学会編「新版印刷事典」)によれば、「すなめたて 砂目立て〔平版〕」の項(二〇三頁)には、「研磨」の項を参照すべき旨の指示があり、「けんま 研磨〔平版〕の項(一二八頁)には、「研磨」とは、「石版石または金属平版の表面を製版に適するようみがき、あるいは砂目を立てる操作。」を意味し、「金属平版では砂目立てといい、細かい均一の砂目を立てることによって表面積を大きくし、保水性と不感脂化処理の効果を高め、また感光液やラッカーの接着性を強める。…砂目の形状は金属の材質、研磨の条件によって異なる。」との記載が、また、同第二号証(昭和四三年六月一日印刷出版研究所発行、印刷出版研究所編集、「平版印刷専科」六五頁)には、「1,2 印刷版研磨の目的」の項に、砂目立てをした方が表面積が増えるから保水性がよくなること、摩擦面及びインキを感じる面積が多くなり、画線や網点が食いつく足掛かりが丈夫となること等の理由から、「…アルミ板でも、…必ず表面を研磨砂目立てして、一度新しい金属の表面を出さなければならない…」との記載がそれぞれ認められ、これらの記載によれば、平版印刷の技術分野においては、印刷平版の表面を研磨する一手法のことを砂目立てと呼んでいることが認められるところである。
そして、前記の砂目立てに用いられる研磨剤の一般性状としては、成立に争いのない甲第五号証(引用例一に係る公開特許公報)及び同乙第三号証(昭和四三年五月一〇日産業図書株式会社発行、印刷技術一般刊行会編「印刷技術一般」改訂版八三、八四頁)によれば、①硬いこと、②粒子が鋭角であること、③粒度が均一であることが要求され、一般には、シリカ、金剛砂、ガーネット、アランダム、アルミナ粉、カーボランダム等が用いられることが認められる。また、砂目立て用研磨剤の粒径についてみると、前掲甲第五号証によれば、引用例一の実施例においては、平均粒径三〇μのアルミナ粉であり、成立に争いのない乙第四号証(特許出願公告公報、昭和四七年一二月七日公告)によれば、砂目立て用研磨剤の粒径は意図する作用によって決定されるとした上で、比較的微細な砂目立てには、それに相応した〇・〇一ミリメートル(一〇μ)、粗い場合は〇・一ミリメートルの各粒径を選択し、アルミニウム板の場合において一般的に所望される粗面度約〇・〇〇二~〇・〇〇四ミリメートルを得るためには、平均粒径〇・〇一八~〇・〇二〇ミリメートル(一八~二〇μ)の炭化ケイ素粉末を用いることとしており、前掲乙第三号証によれば、ガーネット、アランダムでは一二〇、一五〇、一八〇、二四〇各メッシュ(六三~一二五μ)であるとしていることからすると、砂目立て用研磨剤は所望する粗面度に応じてその粒径が決定されるが、概ね、一〇μから数十μであることが認められる。
次に、引用例二におけるラップ技術についてみると、成立に争いのない乙第一号証(昭和四〇年六月三〇日日刊工業新聞社発行、砥粒加工研究会編「砥粒加工技術便覧」)によれば、ラッピングとは、「加工物の表面をラップに押しつけて両者の間に砥粒とラップ液よりなるラップ剤を加えて、両者を相対運動させ、ラップ剤によって加工物の表面からわずかの切屑(じん性材料に対し)砕片(硬脆材料に対し)を取去り、寸法精度の正しい滑らかな仕上面をえる加工法」(四九三頁一行ないし四行)をいい、ラップ用研磨剤とは、砥粒が加工液と混合されて懸濁状、ペースト状となったものをいうところ、望ましいラップ用研磨剤としては、砥粒が「(1)かたくて耐摩耗性に富むこと、(2)粒子の大きさが一μ以下より数十μまで任意の大きさのものがえられ、かつ粒子の大きさ、形状がそろっていること、(3)粒子の形状は棒状で細長いものよりも球状に近いのがよく、湿式ラッピングには適当な鋭角をもち、乾式ラッピングおよびポリシングには粒径が小さいだけでなく、先端は丸いが全体として偏平であること、(4)湿式ラッピング用には適当に破砕され、破砕されたあとでは小粒子がそれぞれ鋭いこと、」等の条件を満足するものが望ましく、ラッピング用砥粒として一般に使用されるものとしては、金属のラッピングに広く用いられるものとして酸化アルミニウム系のアランダム、白色アランダムや炭化珪素系のカーボランダム、緑色カーボランダムが用いられる他、ガーネット、コランダム、金剛砂、ダイヤモンド等もラッピング用砥粒として用いられることが認められる。
以上によれば、砂目立てもラッピングも共に加工物の表面を研磨する技術(因みに、前掲乙第一号証四九四頁には、ラッピングに用いる機械を「研磨機」と呼んでいる。)であり、砂目立て用研磨剤とラッピング用砥粒とは、アランダム、カーボランダム、ガーネット、コランダム、金剛砂等のかなりの部分において、材質を共通にする物質が使用され、さらに、粒径においても、相当部分において重なり合うものであるということができる。
(二) ところで、前掲乙第四号証によれば、金属及びプラスチックからなる平版印刷版材料の表面の砂目立て法に関する発明において、「砂目立て剤としては、例えば鉄粉、コランダム、酸化アルミニウムおよびその他の研磨およびラップ技術で公知の研磨剤およびラップ剤がこれに該当する。」との記載(二頁右欄三三行ないし三六行)が認められるところ、この事実に前項に認定の事実を勘案すると、砂目立てとラッピングとは、共に加工物を研磨する技術である点において共通し、かつ、研磨において使用する研磨剤がかなりの部分において共通することから、両技術分野には親近性があり、したがって、平版印刷の砂目立ての技術分野に属する当業者であるならば、砂目立て用研磨剤を選択するに当たり、ラップ用研磨剤の分野にも着眼するものと考えて差し支えないものというべきである。
(三) 原告は、産業上の利用分野の相違、技術課題の相違、及び技術課題を解決するために採用する構成の相違を考慮すると、砂目立てとラッピングとは、技術分野を異にすると主張するので、以下、この点について検討する。
まず、産業上の利用分野についてみると、本願発明が平版印刷用の、プレートの製造に係るものであるのに対し、前掲乙第一号証(四九三頁)によれば、ラッピングは、古くから金属や宝石の研磨に用いられてきた方法であるが、光学部品、水晶、半導体結晶、セラミック等の電子材料の加工に広く用いられているものであるから、両者は産業上の利用分野を異にするものということができる。
ところで、技術分野の親近性を考える上で、産業上の利用分野が同一であれば、技術分野の親近性は認められることが多いとはいえるとしても、逆に、産業上の利用分野が同一でないからといって、技術分野の親近性が認められないと即断することはできない。なぜなら、ここで問題としている技術分野の親近性とは、ある技術分野に属する当業者が、当該分野における技術開発を行うに当たり、技術的観点からみて、加工原理、方法及び使用する材料等について、類似し、又は共通する他の技術分野がある場合において、その他の技術分野に属する技術を転用することを容易に着想し得るか否かを判断するための概念であり、両技術の社会、経済的な用途ないし利用状況には必ずしも共通性を要するものではないからである。
これを本件についてみると、本願発明の技術分野である砂目立てと引用例二のラッピングの技術分野とは、既にみたように、加工原理、方法及び使用される材料等について共通するところが多く、現に、前掲乙第四号証においては、平版印刷用の砂目立ての分野における当業者が、砂目立て用研磨剤を選択するに当たり、公知の研磨剤及びラッピング剤の中から選択可能である旨が記載されている事実からも、平版印刷用の砂目立ての分野における当業者にとって、ラッピング技術の親近性は明らかというべきである。
次に、技術課題及び技術課題を解決するために採用する構成の相違について検討する。確かに、原告主張のように、本願発明においては、印刷プレート用アルミニウム基板の表面に良好な砂目立て加工を行うことであるのに対し、引用例二は、金属等の表面をできるだけ平滑に研磨することを技術課題とするものであるから、両者が右の限りにおいて異なることは明らかであるが、砂目立て加工とラッピング加工におけるこのような直接の技術課題ひいては右技術課題を解決するための構成が相違したとしても、共に加工物の表面を良好な状態に研磨することを目的とする技術であることに変わりがない上、両者が加工原理、方法及び研磨材料の点において共通する点を多く備え、技術的親近性を認めるとができる以上、右直接的課題の相違は、砂目立て用研磨剤選択についての本願発明の進歩性を判断するに当たり、妨げとなるものではなく、この点に関する原告の主張も理由がない。
原告は、両発明が技術分野を異にすることは、特許分類の面からみても明らかであると主張するので、この点について検討する。
まず、成立に争いのない甲第八号証によれば、国際特許分類においては、「研削、研磨」が「B二四」であるのに対し、印刷プレートの砂目立て加工は「B四一N三/〇四」であることが認められ、また、同第七号証によれば、日本特許分類においては、前者は「七四K五」であるのに対し、後者は「一一六A四三」であることが認められるところであり、このことからすると、前記の国際分類及び日本分類における分類による限り、一見、両技術分野の親近性を否定する如くみられないではない。
しかしながら、成立に争いのない甲第九号証によれば、特許・実用新案分類表は、特許文献を分類整理して、利用者に広く、かつ、容易に所要の案件の調査を可能ならしめたるためのものであることが認められるから、これら特許分類は、一般利用者を対象とし、その利便に供する目的で作製されたものにすぎないということができる。そして、これによって、事案に応じ個別的な検討が求められる発明又は考案の進歩性判断の前提となる技術分野が最終的に定まるものでないことはいうまでもないところであり、既に認定した両発明の技術的内容によれば、たとえ、前記のような特許分類における相違があるとしても、本願発明の砂目立ての分野とラッピングの分野との親近性を否定することはできないものというべきである。したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。
原告は、乙第四号証の記載は、噴射流式に限定して理解すべきものであって、これをブラシ法を含む砂目立て法一般に拡大解釈することは誤っているとして、同号証をもって本願発明は引用発明二の技術分野の同一性を基礎付ける資料とすることはできないと主張するので、以下この点について検討する。
前掲乙第四号証によれば、同発明は、本願発明と同一の分野に属する「平版印刷版用表面の砂目立て法」に関するものであるところ、その発明の詳細な説明の欄には、「この目的を達成するに際して、砂目立て剤を吹き付けて粗面化することにより表面を砂目立てする形式の、平版印刷版用材料表面の公知砂目立て法から出発し、そしてこの目的は、原料帯状材をその長手方向に動かし、砂目立て材を液体中に懸濁させ、懸濁液を膨張作用を有するガス状あるいは蒸気状の媒体と混合し、砂目立て剤懸濁液を帯状材の幅全体に広がるよう広幅噴射流の形で、動いている帯状材に吹き付けるという補助的工程を特徴とする方法により達成される。この方法において砂目立て材を懸濁させるのに使用する液体は通常水である。砂目立て材としては、例えば鉄粉、コランダム、酸化アルミニウムおよびその他の研磨およびラップ技術で公知の研磨剤およびラップ剤がこれに該当する。」との記載(二頁右欄三三行ないし三六行)が認められることから、原告は、右記載中に「この方法において」との限定が付されていることを根拠に、この発明は、噴射流式に限定して理解すべきもので、右記載をもって、技術分野の親近性を基礎付け得るものではないとする。
そこでこの点について検討するに、成立に争いのない乙第七号証(昭和四三年六月一日印刷出版研究所発行、印刷出版研究所編集「平版印刷専科」六六頁ないし六八頁)及び同第八号証(昭和四三年六月一〇日印刷出版研究所発行、長谷川茂著「写真製版技術」四四三頁)によれば、機械的方法による印刷版研磨法は、玉研研磨法(研磨箱に板を挿入し研磨球と研磨砂とを用い箱を水平に揺動して研磨砂目立てを行う。)とブラッシング法に大別され、更に後者は、液体ホーニング式(版を胴に巻付け回転させながらコンプレッサーで砂と水を吹き付けて砂目立てする。)、ドライホーニング式(版をコンベアで送りながら羽根車で砂を吹き付けて砂目立てする。)、回転円盤式(砂と水を撒いた版面を回転円盤でこすって研磨砂目立てする。)及び摺動刷毛式(板をコンベアーで送りながら摺動ブラシで版面をこすって研磨目立てする。)に区別されていること、この他コンプレッサーを使い、圧縮空気の圧力で研磨剤(砂)を板面に吹き付けて研磨するサンドブラスト法があることが広く知られていることが認められ、これによれば、前記乙第四号証記載の砂目立て法は、砂目立て材を液体中に懸濁させ、懸濁液を膨張作用を有するガス状あるいは蒸気状の媒体と混合し、これを帯状材の幅全体に広がるよう広幅噴射流の形で吹き付けるものであるから、ブラッシング法の中の液体ホーニング式に該当するものと考えられるから、右方法自体が格別特殊な方法であるとは認められない。
原告は、乙第四号証においては、ブラシ法及び噴射流方式のレベルでの砂目立て加工の異同が問題となっているのであり、噴射流方式における研磨剤に関する記載事項がブラシ式を含む他の砂目立て加工法の研磨剤に関しても妥当するものではないし、また、印刷プレート用アルミニウム基板の砂目立て加工法において、主流となる加工法はブラシ式であり、噴射流方式ではないから、後者の砂目立て加工用研磨剤に関する記載内容が、ブラシ式を含む他の砂目立て加工法の研磨剤に関しても妥当するものではないと主張する。
確かに、前記乙第四号証記載の砂目立て用研磨剤が噴射流方式以外においても妥当するものであるか否かについては、その記載上必ずしも明確ではないが、仮に原告が主張するとおり乙第四号証記載の砂目立て用研磨剤の適用範囲を噴射流式に限定して理解すべきものであるとしても、砂目立ての技術分野における当業者が、砂目立て用研磨剤を選択するに当たり、ラッピングの技術分野における公知のラップ用研磨剤を、格別の留保も付することなく、考慮に入れ、選択の対象としているという事実それ自体において、両技術分野の親近性が示されているものというべきであるから、原告の主張は採用できない。
原告は、従来、本願発明のような水性スラリーを使用する湿式ラッピングにおけるラップ用研磨剤としては、球状であることが要求されていた(乙第一号証、四九七頁)ことからすると、引用例二の平板状のラップ用研磨剤を砂目立てに使用することを想到することは困難であるし、また、非溶融アルミナは、従来、専ら、光沢のある平滑面を実現するための研磨剤として溶融アルミナよりも優れているとして使用されていたものに過ぎないから、非溶融の平板状結晶性アルミナを砂目立て用研磨剤として採用することを想到することはできないと主張する。
確かに、原告援用の前掲証拠には、湿式ラッピングにおけるラップ用研磨剤の望ましい条件として、「粒子の形状は棒状で細長いものよりも球状に近いのがよ(い)」との記載があることが認められるところである。しかしながら、引用例二に係る甲第六号証によれば、ラップの方式については格別湿式、乾式の限定がないラップ仕上げにおいて、ストック除去に優れていること、仕上がり表面が優れていること、ラップ粉の可使用時間が長いこと、ワイルドな引っ掻き傷がないこと等の点において極めて優れたラップ用研磨剤であるところ未溶融酸化アルミニウムの形状は、円板もしくは平板状配置をなすことが示されていたことからすると、一般にはラップ用研磨剤として前記のような条件が要求されていたとしても、このことが直ちに引用例二の平板状のラップ用研摩剤を砂目立てに使用することの障害となるものではなく、前記主張は失当である。また、成立に争いのない甲第一〇号証(西独公開公報第一四一九九六四号)によれば、鋳造又は打抜きなどのワーク表面の研磨加工において、研磨剤として非溶融酸化アルミナを使用すると光沢のある平滑面が短時間で得られるとの記載が認められるところではあるが、この事実から非溶融酸化アルミナの用途がかかる種類の研磨剤に限定されていたとまでは認められず、かえって、前掲甲第六号証によれば、未溶融酸化アルミニウムが優れたラップ用研磨剤として硝子、金属、プラスチックその他の材料の研磨に使用できることが記載されていたのであるから、原告の前記主張も採用できない。
以上の次第であるから、原告の主張はいずれも採用できず、審決の相違点に関する認定判断に誤りがあるとすることはできないから、取消事由(1)は理由がない。
2 取消事由(2)について
原告は、審決は、本願発明が研磨剤として非溶融の平板状結晶性アルミナを使用して砂目立て加工をすることにより、特に優れた耐摩耗性及び長いプレス寿命を有する印刷プレートを実現するという格別優れた効果を奏するものであることを看過したと主張するので、以下この点について判断する。
本願明細書によれば、非溶融アルミナを砂目立て用研磨剤として使用したいずれの実施例においても、他の砂目立て用研磨剤を用いた比較例に比べて、摩耗試験の結果は非常に良好であり(スクラッチ跡が殆ど又は全くつかない。)、耐摩耗性の優れた良質の製品が得られたとの記載があり、成立に争いのない甲第一一号証(原告の宣誓書)にも右結果と同様の結果が得られた旨の記載がある。そして、かかる結果は、非溶融アルミナを砂目立て用研磨剤として使用した場合には、スクラッチ跡、引っ掻き傷がなく、砂目立てが均一に行われるため、処理表面が均一な砂目外観を呈し、表面積が増大したことによるものであり、これは非溶融のアルミナの形状が平板状であることに起因するものであることが、本願明細書及び前掲甲第一一号証から認められるところである。
一方、前記認定のように、引用例二には、溶融酸化アルミニウムからなるラップ用研磨剤は鋭いエッジを有する不揃いの形状の粒子であるため、ラップ仕上げ表面に深い引っ掻き傷を生ずるのに対し、非溶融の酸化アルミニウムは平板状の形状をなすため、この平板状アルミナ結晶が材料と平行な表面によりラップとラップ仕上げすべき材料間にそれ自体配向する傾向を示すことから、深いワイドな引っ掻き傷の発生を最小限に抑えることができるとの記載が認められる。
以上の引用例二に係る記載によれば、本願発明の奏する優れた耐摩耗性の点は、当業者であるならば、右引用例から十分に予測可能というべきであるから、本願発明の奏する右効果を格別のものとすることはできず、この点に関する原告の主張は採用できない。
次に長寿命性の点についてみるに、以上述べたように耐摩耗性が改善されれば、これに伴い寿命も延びることは当然のことであるから、かかる効果は耐摩耗性の改善に伴う効果であり、耐摩耗性の改善の点が当業者に予測可能である以上、これに付随する効果も当然に予測可能というべきであるから、この点を格別のものとすることができないのは当然である。
以上の次第であるから、原告の主張はいずれも採用できず、審決の認定判断に誤りがあるとすることはできないから、取消事由(2)は理由がない。
四 よって、原告の請求は理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び付加期間の定めについて行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項に基づき主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)